2016年09月27日

今こそ心の時代!幸せはどこに

 自分が幸せになる一番の近道は周りの人を幸せにすることですと唱えてはいるものの、時々自分が正義と思って言った言葉で人を傷つけることがある。するとまあ〜後悔の連鎖が始まる。こんな事言わなきゃよかった、あんな態度とらなきゃよかったと。人として成長出来た年になったつもりでも、いつも反省、反省。
 周りの人とは、身近な人?家にいる人?何や主人やん。毎日顔を合わせて寄り添う人生が我が家は主導権争いに明け暮れ、火花を散らし、夫のあの一言が癇に障り、傷つき、私が放った一言で後で大損を招く結果となる。「ね〜、ケンカせんめ〜」と言いながら、どちらか片方が不機嫌だとすぐにバチッ!バチッ!と火花が飛ぶ。
 そして二人共上機嫌とかあまりないし、まれにあるその時に調子に乗って冗談を言ったりするが、それが通じない東北の石頭はすぐに顔色を変えて声を荒げる。冗談好きの九州生まれの妻はいつも不利な立場に追いやられ、結局私が口を閉ざす。東北育ちのねばりのある夫は長引く嫌な空気も平気の平左。
 夫は男四人女一人の長男ときている。子供の頃から弟妹を仕切ってきているのでケンカ上手。私は六つ年上の兄と大人達に囲まれての暮らしで争うことなどない。私が理屈で立ち向かっても耳の傍で大きい声で怒鳴られた時には心臓は縮み上がり、ムッとしてここで一旦チョン。
 暫く無言の行が始まり、私はだんだん反省の方が大きくなって、仕事を終えて帰宅途中の車の中から「今日は何ば食ぶるね〜」と何事もなかったかのように帰るコールで水に流して一件落着。これを年に何回繰り返しているのだろう。二ヶ月に一回はあるよね。どっちかが弱って病気でもすると夫婦って睦まじくなるかも知れん。
 知り合いの奥さんがパーキンソン病で今迄は何もしてくれなかった御主人が三度の食事を作ってくれ、買い物からやってくれるという。男の料理だからエンゲル係数が上がったと笑いながら嬉しそうに話をしていた。
 我が家もいつか互角の戦いが終焉する時はどちらかが白い着物で三途の川を渡る準備をするときやろうね。お互い元気なうちに夫婦睦まじく暮らしたいものです。
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2011年02月17日

第2回 愛

 

 よく「愛するのが好き」とか、「愛されるのが好き」だとか言いますが、そもそも『愛』とはどのようなものなのでしょうか。


 「無償の愛」なんていうのがありますが、その代表的なものが母親の愛情でしょう。

○○だから愛するというのではなく、献身的なものです。
ですが、一方では「有償の愛」もあるわけで、ギブアンドテイクの、「私がこれだけ愛しているのだから、あなたも応えて!」

というふうに相手に何かを期待するもの。これ、意外と多いのではないでしょうか。


 こんな言葉を残した人がいます。

『愛とは、相手に変わることを要求せずに、相手をありのままに受け入れることだ。』(ディエゴ・ファッブリ=イタリアの劇作家)

相手の良いところも悪いところも全てをひっくるめて愛するという事です、見返りも期待せずに。

実際愛するって、結構難しい事なのかも?


 昔の人で、結婚式まで相手の人と会ったこともなかったなんて話を聞くことがあります。

私はこれを不思議に思っていました。

しかし、全てを「ご縁」と捉えて、「この人こそ私にふさわしい人だ。」と信じて、お互いに相手を受け入れていく。

仏教では、「偶然の出会いを必然にする」という考え方なのだそうですが、

これは先にあげた『相手をありのままに受け入れる』ことになるのではないかと思います。



 人間はどんな人でも長所もあれば短所もあります。まずは自分自身の短所を十分に理解することが先決だと思います。

それが出来れば相手の短所も受け入れられるのではないでしょうか。

だって、誰だって自分を受け入れて欲しいと思っているのですから。


 そして、そういった「愛」を知ることによって、人生がより豊かなものになるんじゃないかと思います。

             ほっとメール平成19年4月号掲載

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2011年01月22日

第1回 共に生きる@

「金儲けをして何が悪いんですか!?」テレビカメラの前でそう言っていた人がいましたが、

みなさんどう思われたでしょうか。

どこか釈然としない思いで聞かれていたのではないでしょうか。


 みんな生きるために働いてお金を稼ぐ、それをちょっと多く稼げる人を悪いとは思いません。

ただそこには、お金中心の考え方があらわになっていたように思います。

 「金持ちの所有する金は、神からの贈り物だ」ヒンドゥー教にはこの様な教えがあるそうです。

他にもイスラム教やキリスト教、それに仏教でも同じ様な教えがあるそうです。


 その教えに習うと金持ちは、お金をどんなに持っていても、自分個人のために好きなだけ使えず、

みんなのために使わなければいけないことになります。

アメリカのアンドリュー・カーネギー氏がそれを実践したとして有名ですし、近頃ではビル・ゲイツ氏もそうです。

昔の日本人も藤山愛一郎氏などをはじめとして沢山おられたのですけれど…。

 一方、庶民にとって身近な「財」としては他にあります。「徳を積む」という言葉がありますが、

誰かに親切にしたり、多少骨を折って何かをしてあげたり、そんな人のためにする事も財産のひとつなのです。

それが積み重なると、子孫に返ってくるというものですから、お金には換えられない大切な財産ではないでしょうか。


 「自分だけ」で得るものは、小さいものなのかもしれませんね。


ほっとメール 平成19年3月(第21号)掲載









posted by おなかの健康宅配便(株)りぶメール at 15:32| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ▼今こそこころの時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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